菅谷昭先生の帰国報告講演会 Posted on 2001年10月3日2017年2月23日 by sawada 講演する菅谷昭先生 チェルノブイリ原発事故後に多発している甲状腺がん治療に関してベラルーシで医療支援活動を行っていた菅谷昭先生の帰国報告講演会が平成13年9月29日弘前市民会館で開かれました。夕方6時半から...
「山内君、治してやれなくてゴメンネ」 Posted on 2001年9月15日2017年2月25日 by sawada 「山内君、治してやれなくてゴメンネ」。私は外来を終えた夕方、長い間病気と闘い、意識が薄くなりかけた彼にこう言った。彼は目を閉じたまま、声にはならなかったが「うん」とうなずいた。この3時間後、彼は奥さ...
胃アニサキス症 Posted on 2001年9月15日2017年2月25日 by sawada たらの刺身を食べた後に腹痛を起こしました。弓なりになって胃に突き刺さっているテラノーバが見えます。 夕食に刺身を食べた夜中に、お腹の痛みに見舞われたことはありませんか?これは細菌感染による急性胃腸炎...
私たちの医院では外来での採血は深い椅子に座って行います Posted on 2001年9月15日2017年2月25日 by sawada 採血をされたり静脈注射をされる時は、背もたれのない椅子に座って、幅の狭い机の上に腕を出して行うことが多いと思います。しかし、具合が悪い時には、このような姿勢では急に血圧が低くなり、倒れることがありま...
秀人君の二つのお願い Posted on 2001年9月15日2017年2月23日 by sawada 8月初めの夕方、小学校2年生の秀人君は前の日から鼻水が出るのでと受診しました。その他の症状はなく、「風邪と言ってもたいしたことないですね」と一緒に来たおばあちゃんに言うと、「本人が病院へ行くと言うもの...
私の2000年 Posted on 2001年8月6日2017年1月26日 by sawada (弘前市医師会報、平成12年2月15日号に書いた文章を転載したものです) ちょうど36年前、東京オリンピックの年が私にとって物心がついた年だと思っています。小学校6年生以降のことについては何をしていたかを思い...
運動会と平等主義 Posted on 2001年8月6日2017年1月26日 by sawada (弘前市医師会報、平成6年12月15日号に書いた文章を転載したものです) 春になり、桜の花びらが散ると運動会シーズンになる。日曜日の朝は、その開催を知らせるための花火の音があちこちから聞こえ、朝の睡眠を妨げ...
私たちの医院の食事 Posted on 2001年7月15日2017年2月25日 by sawada 食べるということは、生活する上でもっとも基本的なことです。病気で入院しているからといって軽視されていいことではありません。むしろ、特に楽しみのない入院生活では、一番の楽しみが食事であるということがあ...
菅谷昭先生とベラルーシの子ども達 Posted on 2001年7月15日2017年3月19日 by sawada 「ぼくとチェルノブイリの子ども達の5年間」(ポプラ社)と「チェルノブイリ診療記」(晶文社)はともに「勝手な書評」で取り上げています。 1986年4月に起こったウクライナのチェルノブイリ原発事故はほとんどの人...
(外来での小話)私の診断は正しかった? Posted on 2001年7月15日2017年2月25日 by sawada 高校1年の麻美ちゃんは、前の夜に胸が痛くなったため受診しました。心電図と胸の写真は異常ありませんでした。どのような状況で胸が痛くなったのかは非常に大切なことですので詳しく聞きました。麻美ちゃんには翔...