私は弘大医学部同窓会の鵬桜会理事長を務めています。医学部の卒業式と入学式では卒業生の代表としてお祝いの言葉を述べます。今年4月6日の新入生歓迎会での挨拶文をニュースレターに載せます。荘子と鵬桜会についてはニュースレター第81号でも書いたことがあります。


北の冥(うみ)に魚あり。その名を鯤(こん)と為す。鯤の大きさ、その幾千里なるかを知らず。化して鳥と為る、その名を鵬(ほう)と為す。鵬の背(そびら)、その幾千里なるかを知らず。怒りて飛べば、その翼は天に垂れる雲の若し(ごとし)。この鳥は、海の運く(うごく)とき、将に南の冥(うみ)に徒らん(うつらん)とす。南の冥とは天のなす池なり。

世界の北の果て、冥き(くらき)海に怪魚がいた。その名前を鯤(こん)という。鯤の大きさは、いったい何千里あるか分からないほどに巨大である。鯤が(時節が到来し)姿を変えて鳥となる。その名前を鵬(ほう)という。鵬の背中の大きさは何千里あるか分からないほどに巨大である。鵬が一たび満身の力を奮って大空に飛び立てば、その翼はまるで天をおおう雲のようである。季節風で潮目が変わって海が荒れ狂う時になると、鵬は北の海から南の果ての海へと移ろうとする。南の冥き海とは、天が生み出した巨大な池である。

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。期待に胸を膨らませて入学を迎えたことと思います。医学部には鵬桜会という同窓会があります。私はその理事長を務めています。本日は、皆さんの先輩を代表してご入学をお祝い申し上げます。

皆さんに挨拶もせずに読み上げたのは、紀元前300年頃の「荘子」の漢詩です。鵬桜会はこの鵬と弘前の桜を結び付けた同窓会です。桜の名所である弘前にある弘大医学部で学んだ学生は、この鵬のように世界に飛び出して活躍して欲しいと願ったのが「鵬桜会」ということになります。ちなみに、弘前の桜は1715年、津軽藩士が京都からもたらしたものとされています。

私が医学部を卒業したのは49年前です。これまでの経験から、これから医学の道を進む皆さんに、私は「いのちって何?」ということを頭の中に入れて学生生活を送って欲しいと思っています。「いのち」と言っても漠然としていますが、考える切り口はたくさんあります。私は、医学部の学生には、臓器移植と終末期医療をきっかけにして考えてみてはどうかと提案しています。もしかしたら皆さんの世代では、iPS細胞から生命が生み出されることの是非も考えないといけないかもしれませんね。

1968年、今から58年前のことです。私が高校1年生の時、日本で初めて心臓移植が行われました。札幌医科大学でのことです。南アフリカのバーナード博士が世界で最初の心臓移植を行ったのがその9ヶ月前のことで、日本の心臓移植は世界で30番目でした。この心臓移植は、私が医師になろうとしたきっかけのひとつでした。

この移植に関しては、ドナーの脳死判定がどうだったのか、移植自体が適応だったのかなど、執刀医が札幌医大心臓外科の和田教授でしたので、和田移植として大きな議論を巻き起こしました。そして、その後30年間、日本では心臓移植手術は行われませんでした。刑事裁判にまで発展したこの手術は、日本で移植医療が遅れたことの一つの理由とも言われています。いずれにせよ、高校生の私には大きな衝撃でした。

1971年、私が皆さんと同じ弘大医学部1年生の時に「死の瞬間」という本が出版されました。キュブラー・ロスという人が、終末期にどのような状況で人は死を受け入れていくのかということの議論を展開したものです。がんを含めた終末期医療、緩和ケア領域の医療にかかわる人たちにとって、キュブラー・ロスの「死の瞬間」は、今では古典ともいうべき本になっています。

臓器移植の問題、死をどのように受け入れるか、医療が人の生涯にどのような影響を及ぼすのか。皆さんは医師を目指して医学部に入学してきました。医師は困っている人の症状を取ってやればいいだけの職業ではありません。人を相手にする職業ですから、その人の死生観にもかかわるわけです。医学的な知識や技術を身につけることは当然のことですが、生きるとはどういうことか、死とはどういうことかを考えながら勉強して下さい。

もう一つ大事なことがあります。医学部ではもちろん勉強が第一ですが友だち作りにも励んで下さい。大学のクラスメイトとの交流はずっと続きます。友だちはきっと皆さんにとって大きな財産になると思います。友だちを大事にしてください。本日はご入学おめでとうございます。