1月12日朝、妻が「のどが痛い」と言った。市内でも少しずつ陽性者が出てきており、コロナが近くまできているのを感じていた。息子の保育園でも陽性者が出ているときいていたので症状は軽いが念のため妻と2歳の息子だけをPCR検査してみた。小さな子供の鼻穴に綿棒を入れることはめったにないため少し緊張した。息子も泣くことはなく、雰囲気がふだんと違うのを感じているのか神妙な面持ちであった。妻は陽性、息子は陰性だった。私と7歳の娘は陰性だった。買い物以外ほぼ家にしかいない中でどこからウイルスが入り込んだのか。困惑しつつも妻のPCR結果は「陽性」。事実は動かしようがないので誰を濃厚接触者として扱うのか、検査範囲をどこまで広げるのかリストアップした。

 濃厚接触者は「1m以内」「マスクなし」「15分以上」と定義されている。職員では私、美彦、義姉を濃厚接触者とし、それ以外の職員、付き添いの方、清掃員を検査することとした。幸い全員陰性であった。今の日本ではほぼ全員がマスクをして生活している中で、マスクなしで15分以上同じ部屋にいるのは近しい人との食事の場面がもっとも多い。まん延防止等重点措置で飲食店に時短要請が出るのはそのためだ。あとは職場での昼食や休憩時間が最も危険な時間帯である。昨年8月の厚生労働省からの通達により、医療従事者は毎日PCR検査あるいは抗原検査で陰性が確認されて、症状がなければそのまま勤務を継続してよいことになっている。私たちは10日連続鼻に綿棒を入れられて検査してから診療にあたることになった。

 妻が陽性になったということは、毎日母親にべったりくっついている息子、娘は相当な濃厚接触者にあたる。家の中でマスクをつけてくれるわけもなく、別室で過ごすことも不可能である。保健所からはホテル療養を勧められたが、子供たちと別れて過ごすことは現実的ではなく、祖母や叔母宅に疎開してもそこで発症して感染させてしまう恐れがあるため、自宅で籠城する方針となった。もともとこういった事態になったら「家族は一蓮托生」だと妻と申し合わせていたため、その面では特に迷いはなかった。

 そこで問題になるのは私の身の振り方である。沢田内科医院の院長としては感染防止の観点からひとりでもホテルや院長室に籠城して10日間過ごすのが最も理にかなった方法である。しかし、力の有り余ったちびっこ二人を妻一人にまかせていてはとても持たない。医療従事者である以前に一人の父親として、家から出るわけにはいかなった。そこで家に戻るときはN95マスクをして、妻との会話は2m以上距離をとって行うこととした。子供は発熱したらそのときに考えよう。10日間何もなければラッキーということで療養を開始した。

 結果的には私は10日間連続でPCRは陰性であり、妻は重症化することなくスムーズに軽快、娘は1日だけ37℃台後半の発熱があったものの2回目のPCRでも陰性、息子は全く問題なしで10日間の自宅療養は幕を閉じた。いろいろなところから差し入れや、応援のメッセージをいただきながら無事に家族全滅を回避することができた。子供まで感染がいかなかったのは単に運がよかったとしか言いようがない。小学校や保育園の再開は母親の自宅療養があけてからさらに10日間自宅で様子をみてから解除するようにと保健所から指導があったため2月2日以降になっていた。しかし冬休み明け小学校、中学校、児童館などで多数の陽性者が出て、家の外もかなり危険な状態となっていた。1月24日には弘前市だけにまん延防止等重点措置が適用されることとなった。26日時点で当院の職員だけでも4人目が陽性となり自宅療養になっていた。感染の拡がりが大きくなり、いつどこで誰が感染してもおかしくない、そんな1年の幕開けになった。