平成7年10月に開業して以来、このような春を迎えたことはなかった。コロナウイルスに翻弄された春である。そして、これは何年も前から予定していたことであるが、直也への医院の継承の時期が重なってしまった。まったく予想していなかったことである。

朝起きると顔を洗ってご飯を食べながら新聞を読む。コロナウイルス感染が広まり、外出自粛が続くに従い新聞の厚さが薄くなってくるのに気づいた。自分のことを考えてもホテルでの講演会や会議がほとんどない。学校は休みだし、スポーツイベントはほとんどない。新聞記者も取材のしようがない。当然、記事も書けない。新聞のスペースが埋まらない。だから新聞が薄くなるのは当然なのだ。新聞に挟まれてくる広告もほとんどなくなった。やっぱり印刷会社も仕事が少なくなって困っているんだろうなと思う。こんなことを考えながら朝ご飯を食べている。

社会の中で人の動きが少なくなると経済活動はそれに伴って低下する。このような時は、いわゆるサービス業と言われる業界が最も影響を受ける。飲食店を経営する私の弟は店を完全に閉めている。いつまでという見通しが全くないなかで。医院は病気の人が必ず来院するので影響が少ないだろうと思う人が多いと思うがそうではない。明らかに少なくなった。

医師は人の命を預かる職業であり、お金がどうのこうのということを問題にすることは表立ってはしないことが多い。しかし、医院といえども経営が成り立たなければ、どんな崇高な理念を掲げようともそれを求めることはできない。3月まではお昼の休みもなく、朝から晩まで診療に明け暮れていた。今はどうか。朝に診察机にカルテが積み上がっていることはなく、もちろん待合室が込み合うこともない。これまで医院の収支を心配した経験はまったくない。体が動いていれば、それに比例して収入がくっついて来ていたからだ。しかし、今回は初めて1ヶ月間の収入が気になって外来収入を確認してみた。医師二人体制になったこともあるが、体を動かすことが極端に少なくなったからだ。職員の給与を支払うことができるだろうかと心配になる。

経験のない感染症ではあるが、医学的にはどのようなことに注意すればいいのかは分かっている。しかし、テレビのワイドショーなどでいろいろなことが広まると、医学的に判断することは通用しなくなり、根拠のない感情で判断するようになる。このような時は正論を吐いてもむなしいだけだ。しかし、情報を求めてきちんと考えることだけは続けたいと思う。

これが私の最後の門出の春である。将来、振り返った時に、ひとつの思い出として語られることを期待して。

(澤田美彦)


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