尊厳死シンポジウム

平成13年10月6日(土)、日本尊厳死協会東北支部大会が青森市で開かれました。学生時代から尊厳死に興味を持っている私でしたが、このような会合には始めての出席でした。尊厳死協会は約25年前に設立され、全国で9万人余りが会員になっています。しかし、青森県は250人と少ない県のうちのひとつとのことでした。ちなみに、私も会員にはなっていません。

尊厳死協会は、安らかに人間らしく死ぬ権利を求める「尊厳死の宣言書」の登録・保管をすすめることによって自己決定権を確立し、その社会的合意の形成をめざす団体です。不治かつ末期になったとき、無意味な延命措置を断り、安らかな自然な死を迎えたいと思う人が生前にその意思を示しておき、それを実行してもらうということです。尊厳死協会の会員になると、下記のような宣言書を協会が保管するとともに、本人に送付されます。これを医師に示して生前の意志を表明し、尊厳死を実行してもらうというものです。

■尊厳死の宣言書(リビング・ウイル Living Will)

① 私の傷病が、現在の医学では不治の状態であり、既に死期が迫っていると診断された場合には徒に死期を引き延ばすための延命措置は一切お断りいたします。
② 但しこの場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施して下さい。そのため、たとえば麻薬などの副作用で死ぬ時期が早まったとしても、一向にかまいません。
③ 私が数ヶ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時は、一切の生命維持措置を取りやめて下さい。


特別講演の吉田豊弘大学長

さて、弘前大学第一内科前教授で私の恩師である弘前大学吉田豊学長が「私も尊厳死したい」という題で特別講演を行いました。人は死ぬ時には二つの場合がある。ひとつはイエスキリスト型で、もうひとつはお釈迦様型です。イエスキリストは拷問を受け、十字架の上で「主よ、どうして私を見捨てたのですか」と叫びながら最期を迎えました。一方、お釈迦様は弟子たちに囲まれながら最期は穏やかで安らかなものでした。誰でも苦痛のない安らかなお釈迦様型の最期を望むのは当然でしょうと吉田学長は言います。

尊厳死はしたいと思っても出来ないかも知れません。自分は尊厳死したいと思っても、配偶者や家族が反対すると出来ません。そのためには家族で死についてよく話し合っておくことなど、吉田学長は次の3つの提案をしました。

■尊厳死をするための3つの提案

① 夫婦で加入する。
日頃から夫婦、家族は仲良く暮らし、尊厳死を理解してもらう。
② 良い家庭医を持つ。
初めての医師に伝えても通じないことがあるので、何でも話せる医師を持つ。
③ 一定の財を確保する。
在宅、緩和医療といっても他人の手助けが必要。介護保険もあるが不十分であろう。



また、実際に尊厳死を実行するのは医師です。その医師が尊厳死に対して理解を示してくれなければ実行されないでしょう。吉田学長は医師が尊厳死をためらう理由として以下の5つをあげました。

■医師が尊厳死に踏み切れない理由

① 死期が迫っているのは分かるがいつかは判断がむずかしい。
1週間なのか1ヶ月なのか実際は医師にも分からない。
② 苦痛を取るための鎮静が強いと死を早める。
「死を早めた」というわだかまりを残すと、医師は尊厳死に同意しない。
③ 人の心は変わる。
初診時、入院時、手術を受けた時、死が迫っている時などその時々で患者の心が変わることを医師は経験している。
④ 家族の同意が得られなければできない。
⑤ 病院で自然死だと収入減になる。



死を考えるということは、自分がどう生きるかということに通じます。尊厳死を望むことで、自分がどのように生きて行きたいのかをじっくり考えるきっかけになることは疑いありません。誰でも苦痛のある死に方は望みません。外来で年長者の話を聞いていると、元気に暮らしている間に、コロッと死にたいと言います。また、尊厳死と安楽死は密接な関係があります。尊厳死は消極的な安楽死の一種です。これらについては改めて私の意見を述べたいと思います。

第5回 日本尊厳死協会東北支部大会プログラム

尊厳死を考えるin青森

平成13年10月6日(土)、青森市アウガ5階
主催: 日本尊厳死協会東北支部
後援: 青森県医師会、青森市医師会、青森県看護協会、青森県理学療法士会、青森県緩和医療研究会

プログラム

特別講演
「私も尊厳死したい」 弘前大学学長 吉田 豊

シンポジウム
「尊厳死を考える」

司会     青森県立保健大学 田崎博一
シンポジスト 日本尊厳死協会常任理事 松根敦子
青森県緩和医療研究会会長 木村紀美
むつ市清澤寺住職 片岸道信
むつ市 中嶋正恵

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