昨年12月に、「沢田内科医院ニュースレター集」を作ってみようと思った時に、 私が高校生だった頃の小田桐孫一弘前高校校長のことが浮かんできました。 小田桐校長は、私が卒業した翌年に定年退職しましたが、その時に、 それまでの講演を集めた『鶏肋抄』(昭和47年発行)を出版しました。 『鶏肋』とは、鶏のあばら骨は食うほどの肉はないが、棄ててしまうには惜しい気がするという意味です。 つまり、他人から見ると、何にも価値がないことでも、自分にとっては棄て去るには何か惜しい、という意味です。

これまで発行した「沢田内科医院ニュースレター」も、他の人たちにとっては何の価値もないものですが、 ちょっと、これをそのまま棄ててしまうには惜しい気がしました。 その時に、『鶏肋抄』を思い出しました。そこで、『鶏肋抄』からいただいて、 沢田内科医院ニュースレター集を『鶏肋』と名づけた次第です。 そして、それを読み返した時に、ずっと気になっていた、陸羯南による『誰人天下賢』に 関連したことがらを自分で調べてみようと思ったのです。

さて、この五言絶句は、私が高校1年の時、弘高創立85周年の校長講話で聴いたものです。 中学生気分が抜け切らない弘高1年生だった私には、格調高いこの講話は今も忘れることができません。 入学式の時に初めて見た小田桐孫一校長は、学校の先生というより、 どこか畑にでもいた方が似合うような風貌をしていました。

当時、校長講話というのが年に何回かありましたが、畑にいた方が似合いそうなその校長が、 演壇に上がると、1時間以上に渡って哲学調に講演を続けるのです。 大人扱いされた高校生は、私語もなくずっと聴き続けました。