平成16年、医学部を卒業した新人医師の臨床研修制度が変わりました。大きな変更点は二つです。一つは、マッチングと呼ばれる研修病院を決める制度が導入されたこと。二つ目は、2年間の臨床研修が義務化されたことです。

マッチングと呼ばれる制度では、研修する病院がコンピューター上で決定されます。大学病院を含めた研修病院は希望する医学生に順位をつけて登録します。一方、医学生も希望する病院に順位をつけて登録します。すべての臨床研修病院と医学生が登録すると、病院側と医学生側の希望のすり合わせがコンピューター上で行われ、医学生の研修病院が決定されます。なお、歯科医師の研修病院も同じようにマッチングで決められています。

新聞によると、このマッチングが始まってから医学生は研修病院を自由に選べるようになったと言いますが、これは間違いです。昔から医学生は研修先を自由に選べました。一部の一般病院には定員がありましたので、試験での選抜がありました。私が卒業した昭和52年当時でも、県外の大学病院や東京の一般病院へ研修に行った同期生はたくさんいました。

マッチングが始まった平成16年以前は、大学病院で研修を受ける研修医は75%でした。大学以外の一般病院で研修を受ける人が25%です。マッチングが始まってからは、大学病院が50%、一般病院が50%となりました。新聞を見ると、多数の研修医が大学病院から一般病院へ研修先を変えたと報道されていますが、全国的に見ると、医学生4人に1人が大学病院から一般病院に研修先を変えただけなのです。ちなみに、1年間に卒業する医学生は8,000人に満たない程度です。

平成16年以前の研修制度では、大学を卒業すると自分が専門にしようとする科に直接入りました。そして、そこで医師としての研修を開始し、最終的に専門医となりました。私は弘前大学第一内科で医師としての教育を受け、血液内科と消化器内科の専門医になりました。循環器内科や内分泌内科の研修を受けたことはありません。

以上のように、従来は卒業後直ちに専門医教育を受けていたのに対して、マッチング制度による2年間の初期臨床研修の特徴は、医師としての一般的診療能力を身につけることです。私はこの制度に大賛成です。学生時代の勉強では、医師として診療する力はありません。医師になりたての時期に、一般的な診療能力を身につけることは非常に大事なことです。その上で、専門医としての研修を受けることで、しっかりした一人前の医師になることができると考えています。

新しい臨床研修制度が始まったと同時に、いわゆる医療崩壊が始まりました。大学病院に医師が集まらなくなり、大学病院から地域の病院へ医師を派遣できなくなったのです。これを解決するために、新人医師を大学病院へ戻すことを主な目的とする臨床研修の改革が行われようとしています。現在の研修制度では、2年間に、内科、外科、小児科、産婦人科、精神科、救急、地域医療などで研修を受けることになっています。新しく検討されている改定案は、内科、救急、地域医療を必修とし、残りを選択性にし、2年目から研修医が希望する専門分野に進むことができるようにするというものです。さらに、都道府県ごとに研修医の募集枠を設けて、大学病院に優先的に配分するというものです。つまり、大学病院で研修を受ける医師を増やそうとするのが目的です。

新しい研修制度が始まったのは、大学の医局を中心とした臨床研修が専門分野に偏りがちだったので、幅広い診療能力を持った医師を育てる必要があるということから始まったものです。今回の改定案は、数を制限することで研修医を強制的に移動させようとするもので、医師不足の解消を目的とした改定は、肝心の医師の質を下げてしまう可能性があると考えています。臨床研修の見直しは、患者が医師に何を求めているかという観点から議論すべきことです。患者側としては、きちんと臨床研修を受けた診療能力が備わった医師を希望しているのであって、単に医師の数が合えばいいというものではないと思います。

若い研修医が医療過疎地域で一定期間働くことを義務化したらという議論もあります。医師が足りない地域では、医師の頭数は揃うでしょう。しかし、地域の人たちにはありがた迷惑です。診察能力がない研修医に診てもらう地域の人たちの立場はどうなんでしょうか。強制的に働かされ、義務感で診療を行う医師に診てもらう地域の人たちの気持ちは考えているのだろうか。医師がいないよりもいいではないかと言われればそれまでですが・・・・。

地域で不足しているのは、新人の研修医ではなく、ある程度の研修を受けたいわゆる専門医レベルの医師です。単に医師免許を持っている人で頭数を揃えるのではなく、優れた初期研修を受けた医師が専門医教育を受けて地域の医療に貢献できるような制度にしてもらいたいものです。